最後の晩餐

時々「最後の晩餐には何が食べたいですか?」なんてテーマがテレビで流れたりするけど。

私は特に思い浮かばないです。
美味しいものは大好きですし、お酒も美味しいと思えるものが欲しいです。
テレビで紹介される食べ物を「いいな」と思って検索してショップをブックマークしたりもしています。
でも、だからと言って、最後に自分がコレを食べたいっていうのがないです。
あまり食べ物に執着しない方かもです。

普通、「これが最後」とわかって食べることはないので、毎回、そう思いながら好きなモノを食べるのがいいんでしょうが。
妹は、生きているうちにあと何回食べられるかわからないから、美味しいモノ・好きなモノを食べるっと宣言していました。
小学校の同級生は、出された食事は好きなモノから食べると言っていました。
この一秒先に地震とか何が起こるかわからないから…と。

おかんが亡くなってから、時々、思うのですが。

おかんがウチで最後に食べた夕飯のメニューは何だったかと。
私が作ったから覚えていてもいいようなものですが……まったく思い出しません。
オヤジも含め、塩分を制限されており、おかんに至っては太ったら心臓に負担がかかるからカロリーも考えて…でも、私が作ったモノは半分くらい捨てられて……
なんとか食べさせることだけを考えて、おかんの好きなモノとかを食べさせてあげられなかったと思います。
最後とわかっていたら、塩分とか気にせず、味付けの濃いものを……とも思いめぐらすのですが、誰もそれが最後とは考えませんしね……
入院する5日前がオヤジの91歳の誕生日で、そのときには、奮発したお造りを出してぺろりと平らげたのでそれが最後のおご馳走でしょうか……
以前から、入院すると病院食はほとんど食べないおかんでしたので、最後のときも、途中、看護師さんが「なんでも好きな食べ物持ってきてください」と言われ、無塩の梅干しと甘いヨーグルト、フルーツジュースなど持って行ったのですが。
病院を出るときには そのまんま、返されました。(ぃゃぃゃ、賞味期限が……とジュース以外は捨てました)
何か違うものだったら食べてくれたのかなぁとも思います。

二代目モモのときも。
最後の数週間。
食事との闘いでした。
徐々に何も食べてくれず……「どんな子でもこれはぺろり」とか「病気がちの子にはこれ」などというちょっと高価なカリカリとか取り寄せて、ずらりと並べてみてもほとんど食べてくれず……
たまたま人間の夕飯にブリを焼いたのんを「モモ食べる?」と私の分を半分あげてみたらぺろりとたいらげて……残りの半分もあげたらまたぺろり。
魚がよかったのか……と次の日、イワシを焼いてみたらそれはあかんくて。
ブリだったらよかったのかなぁと。。。でもそれを試す前にもうほとんど起き上がれなくなっていて……
もっと早くに魚をあげていたら、モモはもう少し私のそばにいてくれたかも……と今も思うのでした。

好きなものを食べた方が…それで人生が短くなっても……幸せなのかもしれないです。

それでも、今日もオヤジに減塩料理を提供している私です。

ぽっくりいくならいいんですけどね。
長期療養になったら……オヤジも私もしんどいです。

あ。

私、最後の晩餐。
食材はなんでもいい。誰か、自分でない誰かが作ってくれた料理を上げ膳据え膳で食べたいです。


1日玄関先にいたカマキリさん。
先日の栗名月(十三夜)と木星
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